【追悼】花田さん、お疲れ様です。そして、ありがとうございました。no.132
先週、花田貴博(はなだ たかひろ)さんが44歳で逝去されました。
花田さんには、2003年に、
「ベンチレーターとの楽しいくらしマニュアル」ビデオを制作させて頂いた際、
出演者とディレクターという立場で初めてお会いし、
その後2004年に、
uhb「石井ちゃんとゆく!」にも着物を着て、ご出演頂くなど、とてもお世話になりました。
花田さんは、3歳の時に筋ジストロフィーと診断され、幼少期から療養施設に入所していましたが、21歳の時に自ら望んで一人暮らしを選択し退所。以来、ヘルパーのやりくりをしながら最期まで自立した生活を送りました。
徐々に全身の筋肉が衰えてゆく難病は、呼吸を司る筋肉にもおよび、人工呼吸器(ベンチレーター)が生きるのに欠かせないのですが、
かつては冷蔵庫ほどの大きさだったそうした機械が、医療の発達により現在は車いすに搭載して持ち歩けるほどに小型化。
花田さんも、自立生活を目指しベンチレーターの装着を選びました。
ベンチレーターの装着には、気管切開が伴うこともあり、
「声が出せなくなる」と、躊躇する人もいる中、
花田さんは、仕事では電話での会話を通じてやりとりし、カラオケも楽しむ自らの生活を紹介することで、多くの同じ病気を患い施設で暮らす人々に
「生き方の選択肢」を増やしてほしいと「〜マニュアル」ビデオへの出演を承諾されました。
私自身、花田さんの生活を撮影させて頂き、ヘルパーさんのサポートを得ながら生活する実態を見せて頂き、多くの学びを頂きました。
決定するのは「自分」
サポートを受けると聞くと、全てを
してもらう=「受け身」と考えがちですが、
「カーテンを開けて下さい」
「バッグを車いすに積んで下さい」
その日食べるメニューも自分で決め、そのメニューにそってヘルパーさんが調理する時も、入れる調味料も決める。
花田さん「塩を入れて下さい」
ヘルパーさん「どれくらい?」
花田さん「小さじ半分」
と、その量もすべて花田さんが「指示すること」で行われることを知りました。
自分では手を動かせない、その手がヘルパーであり、
しかし、すべての行動の「決定」は、花田さんが行う………そうした赤裸々な生きる姿を見せて下さったのです。
また、uhb「石井ちゃんとゆく!」では、「年賀状でボランティア」と題し、
年賀状など書き損じ葉書が花田さん達が運営している福祉事業所の貴重な活動資金になることを紹介。
お正月の雰囲気を出すために、リポーターの石井さんと一緒に着物を着て頂きました。
台詞も見事にこなし、お着物姿もばっちり。その後、着物にはまった花田さんは、
自分でも着物や帯を集めたそうで、
2014年にはu-style(ユー・スタイル)ファッションショーに、お気に入りの赤い帯を締め、渋い着物姿を披露して下さいました。
福祉行政への提言、旅行など、一つ一つ、したい事にチャレンジして叶えていった花田さんですが、いつもその笑顔は穏やかで、饒舌には語らずとも、深く思考し行動する強い意志を感じました。
大変聡明な方でした。
私が知っている花田さんはほんの少しで、もっともっと語られるべき多くのことを為されました。
今、不自由な体との人生を卒業されたことに、心より尊敬と敬意をお伝えしたいと思います。
花田さん、本当にお疲れ様でした。そして、ありがとうございました!
2020.3.16